大判例

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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)579号 判決

本籍

東京都目黒区自由が丘三丁目四四番地

住居

同都同区自由が丘二丁目七番一〇-三〇二号

自由が丘アンクレー

旅館業

水野二郎

大正一四年四月二四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官井上經敏出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一八〇〇万円に処する。

右罰金刑を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都渋谷区道玄坂一丁目一八番一号において、ホテル「ふじや」の名称でいわゆる同伴旅館を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上

第一  昭和五七年分の実際総所得金額が四九四三万四七九三円あった(別紙1の(1)ないし(4)参照)のにかかわらず、同五八年三月一四日、東京都渋谷区宇田川町一番三号所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が二二三六万九六四四円でこれに対する所得税額が八一〇万二〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六二年押第四九七号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二四一二万六四〇〇円と右申告税額との差額一六〇二万四四〇〇円(別紙4の(1)脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和五八年分の実際総所得金額が六二二七万九八〇六円あった(別紙2の(1)ないし(4)参照)のにかかわらず、同五九年三月一五日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が二五四〇万七六五五円でこれに対する所得税額が九九二万四二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額三二七一万六二〇〇円と右申告税額との差額二二七九万二〇〇〇円(別紙4の(2)脱税額計算書参照)を免れ

第三  昭和五九年分の実際総所得金額が六八五六万七〇三一円あった(別紙3の(1)ないし(4)参照)のにかかわらず、同六〇年三月一四日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が二七〇二万九三三三円でこれに対する所得税額が一〇六〇万七三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額三六〇〇万一六〇〇円と右申告税額との差額二五三九万四三〇〇円(別紙4の(3)脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書三通

一  島村徳治及び水野秀子の検察官に対する各供述調書

一  桜井幸信、木森冨士雄、多井健次、田中さみ子、宮里亮市、松田俊雄、斎藤勉、猪鼻智一、水野智恵子、木崎ヤス及び天休久子の収税官吏に対する各質問てん末書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  現金調査書

2  預金調査書

3  建物調査書

4  建物附属設備調査書

5  構築物調査書

6  債券調査書

7  株式調査書

8  貸付金調査書

9  保証金調査書

10  無尽調査書

11  供託金調査書

12  土地調査書

13  事業主貸勘定調査書

14  未収家賃調査書

15  預け金調査書

16  借入金調査書

17  事業主借勘定調査書

18  分離課税債券償還益調査書

19  元入金調査書

20  租税公課調査書

21  借入金利子調査書

22  弁護士料調査書(二通)

23  青色申告控除額調査書

24  利息収入調査書

25  貸倒損失調査書

26  利子収入金額調査書(その他所得)

27  所得控除額調査書

一  渋谷税務署長作成の証明書

一  検察事務官作成の捜査報告書二通

一  被告人作成の証明書四通

判示第一の事実につき

一  押収してある57年分の所得税の確定申告書一袋(昭和六二年押第四九七号の1)及び57年分所得税青色申告決算書一袋(同押号の4)

判示第二の事実につき

一  押収してある58年分の所得税の確定申告書一袋(同押号の2)及び58年分所得税青色申告決算書一袋(同押号の5)

判示第三の事実につき

一  押収してある59年分の所得税の確定申告書一袋(同押号の3)及び59年分所得税青色申告決算書一袋(同押号の6)

(法令の適用)

一  罰条

判示第一ないし第三の各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

いずれも懲役刑と罰金刑の併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

五  刑の執行猶予(懲役刑につき)

刑法二五条一項

(量刑の事情)

本件は、同伴旅館業を営んでいた被告人が、売上を除外するなどして所得を秘匿した上、虚偽過少の申告をして、三年分の所得税合計六四二一万七〇〇円をほ脱した事案であって、その額が高額である点及びほ脱率が三年分の平均で約六九・二パーセントと高率である点で犯情悪質である。被告人は、昭和四四年ころから同伴旅館業に携わるようになったが、同五二年に大改築を行った後から売上が伸び、更に、同五六年ころからいわゆるホテトル、愛人バンク等の風俗営業が隆盛になったのに伴い、大幅に売上が増加し、正直に売上のすべてを計上して納税するのはもったいないなどと考えたことから、本件犯行に及んだものである。逋脱の具体的方法をみると、売上金と売上伝票を受け取った後、公表分と除外分に振り分け、除外分の現金及び売上伝票は自宅に持ち帰り、売上伝票は除外の事実が発覚しないように適宜破棄していたもので、更に、売上の割に仕入が多いという点から売上除外が発見されないようにするため、シーツ賃借料の一部を簿外の現金で支払うなどしていたものである。除外した売上金は、無記名の割引債券を購入したり、仮名の株式購入資金及び生活費等に充てており、脱税所得の使途の点でも、脱税が漏洩しないように配慮していたことが認められる。更に、所得の除外の一つである東京福利合作社に対する貸付金の利息についても、貸付金を小口に分散した上、多数の仮名で貸付を行っており、このような点を総合すると、本件犯行の態様は、巧妙かつ悪質である。加えて、売上除外は本件の数年前から継続して行われてきた節も身受けられる点をも併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

しかしながら他方、被告人は本件を反省し、起訴された年だけでなく、昭和五六年及び同六〇年分についてもそれぞれ修正申告を行い、本税及び付帯する税を完納したこと、被告人は旅館の売上金の管理に関与しないようにするとともに、売上伝票に一連番号を付して同伝票の一部抜き取りを防止することにしたこと、そして、売上金を管理する被告人の長男及び従業員らに対し、売上除外等を行わないように厳重に監督する旨述べていること、更に、これらの経理処理を監督する税理士を交替したこと、被告人は、昭和一八年ころ来日してから今日まで真面目に働き、前科前歴もないこと等、被告人に斟酌すべき事情も認められるので、今回は懲役刑については執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおり量定した。

(求刑 懲役一年及び罰金二〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木浩美)

別紙 1の(1)

修正貸借対照表(事業所得)

水野二郎

昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙 1の(2)

修正損益計算書(不動産所得)

水野二郎

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙 1の(2)

修正損益計算書(雑所得)

水野二郎

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙1の(4)

所得金額総括表

No.

水野二郎

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙 2の(1)

修正貸借対照表(事業所得)

水野二郎

昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙2の(2)

修正損益計算書(不動産所得)

水野二郎

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙2の(3)

修正損益計算書(雑所得)

水野二郎

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙2の(4)

所得金額総括表

No.

水野二郎

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙 3の(1)

修正貸借対照表(事業所得)

水野二郎

昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙 3の(2)

修正損益計算書(不動産所得)

水野二郎

自 昭和59年1月1日

至 昭和59年12月31日

〈省略〉

別紙 3の(3)

修正損益計算書(雑所得)

水野二郎

自 昭和59年1月1日

至 昭和59年12月31日

〈省略〉

別紙3の(4)

所得金額総括表

水野二郎

自 昭和59年1月1日

至 昭和59年12月31日

〈省略〉

別紙4の(1)

脱税額計算書

(57.1.1~57.12.31)

〈省略〉

別紙4の(2)

脱税額計算書

(58.1.1~58.12.31)

〈省略〉

別紙4の(3)

脱税額計算書

(59.1.1~59.12.31)

〈省略〉

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